マジノ線とは

マジノ線(仏:LigneMaginot、独:Maginot-Linie、英:MaginotLine)は、フランス・ドイツ国境を中心に構築されたフランスの対ドイツ要塞線である。当時のフランス陸軍大臣アンドレ・マジノ(AndreMaginot、1877年-1932年)の名を冠してマジノ線と称する。北はロンヴィ(フランス・ベルギー・ルクセンブルク3国国境の街)から南は地中海フランス・イタリア国境にまで至る、長大な複合要塞である。なお、一般にはバーゼル(フランス・ドイツ・スイス3国国境の街)以北を「マジノ線」と呼び、対イタリア防衛を主眼とした南部の要塞線は「アルパイン線(AlpineLine)」と称する。フランスは第一次世界大戦において甚大な物的、人的損害を被った。敵国ドイツは大戦に敗北したが、その事をもってドイツの脅威が去ったと捉える者は少なく、ドイツに対する軍事的劣勢の解消が喫緊の課題とされた。先の大戦の経験から消耗戦を恐れ、防衛重視の戦略に傾倒したフランスは、戦闘員の不足を補う方策として、国境地帯における要塞の建設を軍事戦略の柱として位置付けた。
update:2009年08月26日